社長のひとりごと

用賀・二子玉川をはじめ、田園都市線沿線の賃貸マンション・アパートを豊富に取り扱っております。

用賀・二子玉川をはじめ、田園都市線沿線の賃貸マンション・アパートならお任せ下さい。

用賀・二子玉川をはじめ、田園都市線沿線の賃貸物件検索サイト

このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

No.11

「古池や ああ古池や…」

―― 古池や蛙飛びこむ水の音

日本人なら(外国でも?)多くの人が知っている芭蕉の芭蕉たる一句です。

古来「蛙」は、鳴くのを詠むもので、水に飛び込む音を取り上げたのが、かの芭蕉翁のお手柄とされています。ところで、その意味は「静かな古池に蛙の飛び込む音がした」から「静けさの中蛙の飛び込む音に、古池が想い浮んだ」、「いや、実は蛙は跳びこんではいない」まで、その世界は読み込む人によって捉え方が違います。一体何だっていうのでしょう。

1. 歌や句の世界では、それまで蛙と言えば<鳴き声>だったのに、この時芭蕉はなぜ水に飛び込む音を拾ったのか?

2. 飛び込んだ蛙は一匹だけだったのか、それとも何匹か(も?)いたのか?

3. ところで「古池」はあったのか?

4. そもそも「古池」や「蛙」は、その時芭蕉の周りにはなく、すべてが想像なのだ。

5. はてさて「古池」と「蛙が飛び込む音」と「その音が聞こえる程の静かさ」とは、それぞれまったく別モノってことではないのか?

 実は、この句が生れた時のことを、弟子の支考(しこう)が自分の本(『葛の松原』)に書いています。当時、深川にあった芭蕉庵で、時おり蛙が水に飛び込む音を聞き、まず「蛙飛びこむ水の音」の中七と下五ができた。上の五をどうしたものかと考えていたら、同席していた弟子の其(き)角(かく)が「山吹ではどうか」と提案した。芭蕉は「山吹は風流で華やかだが、古池の方が質素で実感がある」として「古池や」となった、ということです。「山吹」と「蛙」は古くから対で和歌に詠まれてきましたから、其角の提案はもっともですが、芭蕉は古典を離れ「質素で実感がある」として「古池」を置きました。<蕉風>という、新しい流れが生まれた瞬間です。

 そして芭蕉は、江戸の草庵から「奥の細道」へと旅立ちます。

Copyright (C) meiyu fudousan All rights reserved.