社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

No.15

「現代日本語は明治以降の<日本語>」

 よく「日本人は英語がへただから、多くを語らず、主張もひかえ目にする」という人がいるけど、そうじゃなくて「国語がへたなのだ」と、かの司馬遼太郎は言っています。それが当たっているかどうかは別にして、司馬氏は現代日本語に至る「標準日本語の成立は、徐々におこなわれて大正末年に完成した」と捉えています。それは「徐々」というより、想像以上に相当に急激な変化だったのではないかと考えられます。

 例えば「おとうさん・おかあさん」という言葉も、明治政府がごく一部で使われていた言葉を拾い上げ、「基準」として教科書を通じて普及させました。それまでの日本語では、武士階級は「父上・母上」、江戸の職人は「おとっつあん・おっかさん」、公家さんだと「オモウサマ・オタアサマ」、浄瑠璃の世界では「トトサマ・カカサマ」等々と、これに方言が加わって大混雑状態だったわけです。

 この「おかあさん」というのは、江戸や京・大坂の中流以上の商家あたりで使われていたといいます。武士階級からすると少々軽い呼び方だったらしく、明治36年『尋常小学校読本』に初めて「おかあさん」と出たとき、東京山の手の奥様が、なぜそんな汚い言葉を教えるのか、と怒鳴り込んできたとか…(この件、事実関係は不明) 今も昔も「奥様」は<我が子の教育>にはご熱心ですねぇ。

 また、この文章でもよく使う「です」という丁寧語も同様ではないかと言います。それまで「です」という言葉はなく、普通は「でござります」だったそうです。軽い言い方としては、江戸は「でござんす」、大坂では「でごわす」となりますが、この「です」が教科書に載ったとたん、下品だとの苦情が殺到します。どうも「でげす」というタイコモチの言葉の同類と受け取られたようです(『十六の話』司馬遼太郎 中公文庫)

 いつの時代も「教育の場」は、私たちの社会の縮図になりますね。そうしたスッタモンダを経て、現在の私たちの日本語があるわけデゲスな。  

 

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