社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

No.21

「江戸の生活の価値観から学ぶ」

 江戸時代には今でいう「100円ショップ」もあり、「木戸番小屋」というコンビニもあったといいます。午前6時に開き、午後10時に閉まる(町と町との境に設けられた木戸で、不審者の出入りを防ぐため設置)といいますから、ほとんど「初期型のセブンイレブン」的です。 また、江戸の町は火事を想定した安普請(万が一火事にあえば身体一つで逃げられる)のため、長屋の住人は最低限の物だけしか家財道具を持ちませんでした。というか、そんなものの入る余地がない。ある意味合理的ともいえる暮らしですが、その暮らしを支えたのが「損料屋(そんりょうや)」というレンタルショップです。品物を貸せばその分価値は目減りするので、その目減り分を損料(つまりレンタル料)として受け取ったそうです。貸し出す品物は鍋釜から衣装、旅に必要なものとか、あらゆる商品が揃っていました。夏には蚊帳を借り、季節が変われば返却します。祝儀不祝儀の衣装も借ります。

 さて、品物を借りるときは損料のほかに保証金が必要です。損料が十文(200円)の場合は保証料が二十文(400円)で、合計三十文(600円)となります。そして、きれいなまま返されればこの保証金は戻ってきました。けれども、例えば不祝儀で借りた喪服に、流した涙のシミができたりしたら、「汚し代」として損料とは別に、五百文(10,000円)を取られたということです。エラク高い涙になるのですが、そんなことをうたった川柳があります。                                                                 損料や 涙がしみて 五百とり                                        悲しみの涙で、結局は涙も出ない状態ですね。借り物はなんでもそうですが、きれいに使う(管理責任を持つ)ことが大前提ですね。そんな江戸の生活ですが、中ごろになると通信網が整備されて、大坂と江戸の間は手紙や小包のやり取りで、頻繁に飛脚が行き来していたそうです。では、江戸と大坂間の約570㎞で、いったい何日を要したのでしょうか?今でいうと普通便と速達便ですが、飛脚便はもっと細分化されていたようです。「幸便」は定期的な出発日に合わせて配達されますが、「並便」は細かい配達日が決められていませんでした。その「並便」では10日間で、書状一通につき30文(600円)ということです。「幸便」だと、6日以内から10日程度と一日区切りに分けられそれぞれ金1朱(33,000円)から60文(1,200円)となっていました。同じ10日間でも、定期便と不定期便では金額に二倍の違いがあったのですね。

 江戸市中の近場であれば24文(480円)、少し遠くで32文(640円)、江戸のはずれなら50文(1,000円)でした。

 また、特別仕立ての「仕立」という便があり、注文があればそのもの一個に限り、即刻飛脚が走り出すものです。封書100目(375グラム)に限られ、決められた日数で確実に届けられたということです。さて、その日数と金額ですが、6日間(正味5日)で届けるもので金3両(384,000円)となり、最速の3日間(正味2日)ではその費用は金700匁(1,400,000円)もかかりました。今なら世界一周ができそうな金額ですが、いっぽう、それほどまでしても「情報の速さが商売の利益を大きく左右した」ということではないでしょうか。昔も今も、<情報>の価値は変わらないということです。(『江戸の卵は1個400円!』丸田勲 光文社新書)

 

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