社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

No.22

「日本語「さようなら」の世界観」

 春は年度代りもあって、出会いと別れの季節です。日本語の別れの言葉は「さようなら」や「さらば」で、本来は「さようであるならば…」そして「さ、あらば…」ということから、それまでの事柄を受けて、次の行動や判断を起こすとき(この場合は「別れ」)に使う接続の言葉であり、次の「別れ」が省略された形で別れの言葉として使われてきたとは、よく言われていることです。

私たちは、この別れの言葉を、10世紀の昔から使ってきました。

 ところで世界の別れ言葉は、おおよそ三つのタイプに分けられるといいます。

1.「グッドバイ(Good-bye)」や「アデュー(Adieu)」のように、神の加護を願うもの。

2.「アウフヴィダーゼーエン(Auf Wiedersehen)」や「シー・ユー・アゲイン(See you 

again)」、「再見」のように、また会うことを願うもの。

3.「フェアウェル(Farewell)」や「アンニョンヒ ケ(カ)セヨ」のように、「お元気で、

ご無事で」と願うもの。

 だいたいこの三種類とされます。2番の「またね」や3番の「お元気で」「ご無事で」は、私たちも「さようなら」と一緒に使いますね。

 「サヨナラ」ほど美しい別れの言葉を知らない、と言ったアメリカの作家、アン・リンドバーグは、世の中には出会いや別れをふくめて自分の力だけではどうにもならないことがあるが、日本人は、それをそれとして静かに引き受け、「そうならねばならないならば」という意味で「サヨナラ」といって別れているのだ、と解釈しているそうです(『翼よ、北に』)。

 「さようなら」は、これまでの過去を踏まえて今、「さようであるならば」と、別れるための挨拶です。そして、別れた後のことは問うていません。これも、歴史に培われた私たち日本人独特の人生観=世界観といえます。     (『日本思想の言葉』竹内整一 角川選書)

 

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