社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

No.24

「マカロンとマカロニのルーツ」

  ひと頃、マカロンが人気でした。フランス各地にマカロンの産地があるということですが、日本で流行っているのは「パリ風」だそうです。もともとイタリア発祥の伝統的なお菓子で、これをフランスに紹介したのは、16世紀にフィレンツェからフランスに嫁いだ、かのカテリーナ・デ・メディチでした。

 今でこそポピュラーなお菓子ですが、1789年のフランス革命以前は、そのレシピは修道院の門外不出の秘伝だったといいます。革命議会は、それまでの体制の後ろ盾を得ていた修道会・教会を否定しました。名門教会の修道僧・修道女は貴族出身やその縁者で構成されていたので、貴族同様、民衆の憎悪の対象となってしまいます。聖職者側も、議会派と拒否派に分裂し、拒否派への風当たりは強く、1792年にキリスト教会は解散となり、財産も没収となりました。

 一方、国王と王妃を処刑した議会派の首領・ロベスピエール自身が、翌年の1794年にはその恐怖政治への反発から処刑され、革命の嵐もようやく終焉に向かいます。世の中が落着いてきた頃、それまでフランス北東部のロレーヌ地方にあるナンシーの町で身を隠していた拒否派の修道女たちは、身過ぎ世過ぎのため門外不出のマカロンを売り出し、大変な評判となりました。

 マカロンの世界デビューには、フランス革命という契機が必要だったというわけです。

 さて、マカロンの大元は8世紀のヴェネチアで修道僧のへそを模したマカローネと呼ばれた焼き菓子だと言われています。ところで、マカローネは練った生地を切ったと言う意味があるそうで、標準的にはマッケローニという名称で浸透して、パスタの一一つとなりました。                     (『料理の誕生』桜沢琢海 河出文庫)

 というわけで、マカロニとマカロンは同一のルーツを持つ食べ物だ、ということになります。この二つ、現在では並べてみても、手にしてみても、また食べてみても、どのくらいの親戚スジなのか、見当もつかないほど、違っていますね。

 

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