社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

No.25

「偉人・野口英世の意外だった一面」

 世界的に有名な細菌学者で、日本人にとっては(特に男の子)代表的な偉人の一人、野口英世はこんな持論を持っていたそうです。「研究は投機、または賭けの一種だ。一生懸命やっても、結果は当たるか外れるかわからない。北里(細菌学者で日本医師会創設者の北里柴三郎)は賭けに当たったから世界的に名を成した」。そして、ダメ押しのように「こんな血のにじむような苦労をして、それでも当たらないなら、鉄道自殺するか」と。ある意味衝撃的というか、どうも偉人らしくない面が垣間見られます。

 他にも野口英世には、金遣いが荒く借金を重ねたという、意外な一面もあります。

時系列的に――医師免許取得のために小学校の恩師から大金を借りて福島から上京した際、

酒と女にのめり込み二ヶ月で使い果たす。次に年長の友人に学費援助を工面してもらい、

なんと、その学費も遊郭で散財してしまう。

そして――北里伝染病研究所勤務時代に中国(当時は清)の国際防疫チームの一員に選ばれ、

その支度金を出発前の宴会で使い果たす。その上、またまた年長の友人に借りた金で中

国でも毎晩のように飲み歩き、帰国時には無一文だった。

その後――米国への留学資金のため故郷の恩師に融通を依頼するが、恩師はそれを一蹴。

そこで医師を目指す女学生と婚約し、その家族からの結納金を渡米費に充当。ところが、

その送別会で性懲りもなく散財、渡航切符も買えなくなり、性懲りもなく年長の友人に

融通してもらう始末となった。

挙句が――婚約者家族からの「早く帰国して結婚してほしい」との催促にも拘らず、欧州

への留学資金を要求した。これには堪らず野口の友人が婚約者の家族に結納金を返却し、

婚約は解消された。     (『偉人たちの意外な「泣き言」』 造事務所 編著 PHP文庫)

 とまあ、これでいったい何時どこで世界を救う研究ができたのかと思います。手元の「1000円札」を改めて眺めてみると、少々複雑な気持ちになってしまいます。

 

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