社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、独白(モノローグ)コーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたり、励まされたり、勉強になって、仕事に活かせたりと、とても有意義に活用させていただいています。こんな素敵な独白を是非多くの方にも読んでいただきたくて、又、そんな社長の人となりを皆様に知っていただきたくてこのコーナーを作り、連載することにしました。

お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

 

No.30

文豪‣漱石は名前に無頓着!

 去年が文豪‣夏目漱石(1867~1916)の没後100年、今年が生誕150年ということで、このところ書店には漱石関係の本が目立ちます。昨年暮れから一念発起し、漱石の長編を発表順に、久しぶりに読んでいき、この夏に最後の作品となる『明暗』(未完)を読了したついでに、というか勢いで水村美苗女史の『続明暗』(この作品は初めて)まで読んでみました。

 漱石という人は、あまり名前というものにこだわらなかった、といいます。そういえば『吾輩は猫である』の猫も「名前はまだない」と冒頭に明言していますし、実際夏目家に居着いたノラ猫にも名前がなく、時たま「ネコ、ネコ」と呼んでいたと、次男の伸六氏が母親‣鏡子さん(漱石夫人)から聞いています。

 そんなだから自分の子供の名前も三女、四女は「エイ」、「アイ」と、ほとんど気合のような名前を付けています。後年、お二人は自分で「子」をつけて、「栄子、「愛子」と書くようになった、とのことです。そして、先ほどの伸六氏にしても、申年に生れた六番目の子だから「申六」にする、と漱石が言うのを「お子さんをサルあつかいはひどい」と弟子たちからの抗議があり、「では人間あつかいしよう」と「イ(にんべん)」をつけて「伸六」としたそうです。                       (『漱石ゴシップ』長尾剛 朝日文庫)

 また、本当かどうかはわかりませんが、昔何かの本で、漱石は子供の名前を付けるのに、手元の漢和辞典をエイヤと無作為に開き、そのページの無造作に指差したところの漢字をその名前にした、と読んだような、見たような、あ~、後半部分は私(大鎌)の妄想が入っているかも知れませんが、『彼岸過迄』の序文を読めば、あながち出鱈目な話とも思えないのです。何というか、スピッツの曲名の決め方と好い勝負だと思いませんか?

漱石先生曰く「『彼岸過迄』という題名は、元日から始めて彼岸過ぎまで書くつもりだったので名づけた」。 この時漱石は、あの「修善寺の大患」(1910年)から、およそ1年半ばかり後のことでした。今月9日は、夏目漱石の命日になります

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