社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

No.33

「魯山人の真骨頂」

 かの北大路魯山人は、京都の豆腐が美味しいのは水が好いからで、「京都人は精進料理など、金のかからぬ美食を求めることにおいて第一流」とし、茶碗蒸しは京都が旨いが、「昔からケチなので評判だが、そういう京都のケチンボウから割り出された料理」と、ホメているのだかケナシているのだか分らない、独特のもの言いをしています。

 フグ好きの輩を「ふぐ汁や 鯛もあるのに 無分別」とシャレのめした芭蕉翁でさえ、魯山人は「芭蕉という人、よほど常識的なところばかりを生命とする人らしい」と手厳しく一蹴します。実は、そこを突き詰めた地平にこそ芭蕉の真骨頂があるのだと思うのですが、魯山人には元より、そんな俳味の到達点など眼中になく、鯛より河豚の方が断然美味い、とする美食にその論点の重きを置きます。以下は魯翁の言です。(『魯山人味道』 中公文庫)

――彼の書、彼の句がそれを説明している。「鯛もあるのに無分別」なんて言うと、鯛は

ふぐの代用品になれる資格があるかにも聞え、また、鯛はふぐ以上に美味いものであ

るかにも聞える。所詮、鯛はふぐの代用にはならない。句としては名句かも知れない

が、ちょっとしたシャレに過ぎない。小生などから見ると、芭蕉はふぐを知らずにふぐ

を語っているようだ。他の句は別として、この句はなんとしても不可解だ。鯛である

以上、いかなる鯛であっても、ふぐに比さるべきものでないと私は断言する。全然違う

のだ。ふぐの魅力、それは絶対的なもので、他の何物をもってしても及ぶところで

はない。ふぐの特質は、こんな一片のシャレで葬り去られるものではなかろう。云々                

魯山翁の手に掛かれば、味噌汁の味噌を「生かしているか殺しているかということは、つくる人が生きがよいか悪いかということである。作る人が生きが悪くては、生きのいい味噌汁はできない」となり、大好きな味噌汁で「生き死に」を言われてもなぁ、と思わず敬して遠ざけてしまいそうです。魯山翁の筆舌同様、味舌(?)も研ぎ澄まされているのですねぇ。

 これまで魯山人の作品展を二度ばかり見る機会があり、その作品群からは比類ない力強さを感受しましたが、一方それらは魯山人の料理を置いてこそ、最もその輝きが発揮されるのではと思いました。恐らくそれが、北大路魯山人の真骨頂なのではないでしょうか。

 

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