社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

No.35

「日本語」は、いつの間にか変化する

 藤井六段の大活躍で注目度が俄然UPしている将棋界です。将棋で「七段」というのは「シチダン」と読むのでしょうか、「ナナダン」でしょうか?本来は「シチダン」だそうです。永世七冠の羽生善治九段が将棋の七つのタイトルを独占したのは1996年のことでした。この「七冠王」も、正式には「シチカンオウ」だそうですが、「ナナカンオウ」と読む人が殆どだと思います。ちなみに、羽生さんよりも早い「七冠達成」は、競馬会でのシンボリルドルフ(1985年)ですが、当時も「ナナカンバ」と呼ばれていた様に思います。

 時代的に見ると、1954年に黒澤明作品の名作「七人の侍」は「シチニン」、1960年の米国リメイク版でこれも名作「荒野の七人」は、同じく「シチニン」でした。翻訳家の柳瀬尚紀氏は「六十年代をふり返」ると「ナナジュウネン安保という音が騒がしくなってい」て、「まさしく連日連夜、特にテレビというメディアがナナジュウネン安保という音を繰り返し日本全土にひびかせて」、「日本語におけるシチジュウネンの音を放逐し、その息の根を止めたことは確かだと思う」と、「そう断言してもいいかもしれ」ないと言います。

『暮らしの中の日本語』(池田弥三郎)には、「ヨンガツ、ナナガツはもう耳に聞くようになった。(…)七十年もナナジュウネンという人が多い」と、まさに1970年に記しているそうです。そういえば同時期、かの三波春夫も大阪万博のテーマソングだったか、「千九百ナナジュウネンのこんにちは」と歌っていたように記憶しています。

こうした元から変容した例はたくさんあります。 (『日本語は天才である』柳瀬尚紀 新潮文庫)

〇 片腹痛い ⇒ 昔は「傍(かたはら)いたし」

〇 喧々諤々(けんけんがくがく) ⇒ 「喧々囂々(ごうごう)」と「侃々(かんかん)諤々」が混ざった

〇 禁漁(りょう) ⇒ 「漁(ぎょ)」を「猟(りょう)」と混同して元々なかった読みになった

〇 独壇場(どくだんじょう) ⇒ 本来の「独擅場(どくせんじょう)」の「擅(せん)」を「壇(だん)」と間違えた

○堪能(たんのう) ⇒ 「堪能(かんのう)」の「堪(かん)」を「湛(たん)」と混同して「タン」と読んだ  ……等々等々。

発端は誤用からかも知れませんが、私達日本語を使う側が「喧々諤々」しつつ、後から見れば「あ~、あの頃」にと、いつの間にか、さり気なく変っているのです。

 

 7段昇進おめでとうございます。!(H30.5.19)

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