社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

No.60

                                   

                      

<江戸期の「日帰り散策のコース案内(用賀~玉川)」>

 昔の人はよく歩いたそうで、一日十里(≒40㎞)といいますから、ほぼ用賀・厚木間に相当しますかね。朝暗いうちに出発して、夕方の明るいうちに次の宿泊地に到着していたようです。今はよく、1日最低8,000歩とか聞きますが、あまり距離感が出ません。まあ、一歩を約60cmとすると5km前後は、健康のために歩けということでしょうか?

 江戸時代、徳川清水家の用人・村尾嘉陵(1760~1841)が書いた『江戸近郊道しるべ』(講談社学術文庫)という、今でいう<日帰り散策のコース案内>のような記録文がありますが、その中に瀬田の行禅寺(行善寺)までというコースがありました。午前9時ごろ家を出発(月日の記載なし:大鎌註)、赤坂から青山、宮益町(渋谷2丁目)の先の小川に橋の架かった所から少し上に登ると分かれ道があり、右は駒場村へ、左は世田谷二子道となります。左の道を行くと右手に「氷川社(上目黒氷川神社)」が、なお進むと「三軒家」(三軒茶屋)があり、三軒とも酒と食事を商っているとあります。ここから西北に行くと世田谷宿新町、西南に横に折れて行くと二子道となり「少しゆくと用賀村で、さらに行って田圃の面が見渡せるようになる所からが瀬田村」です。村は所々に民家があり茹でた栗を盛った小さな器が置いてあって、一皿四文で先に買った人のお金もそのままだが、盗むような人もいないのか、街なかの人に比べてなんと実直な心を持っている人たちだろう、との感想を述べています。

 目的地の行禅寺で「庭から西南の方を見ると、近くには平田が色づいているのが見え、また玉川の流れと田の面が連なって二、三湾をなしていて、遠くの樹木は(略)。上を見ると富士の峯が高く聳え、連なっている大山の山々、秩父の諸山が(略)。よい眺めである」と、暫しの眺望を楽しみます。二子の渡しには、以前鮎を獲りに来たことがあるのを偲びながら、玉川の河原に出て「様々な形をした石があるので、あちこちで二、三、四、五個拾って懐に入れる」とあります。石の収集の趣味でもあったのでしょうか?*

その後村尾一行は、行禅寺の庫裏の老人から勧められた九品仏を回って、午後8時に家に帰着します。「今日の行程は七、八里であろう」とありますから、一日の行程は約30㎞、歩数にして50,000歩程度。たしかに昔の人はよく歩いたんですね。   (阿部孝嗣訳)

* 他の本を読んでいて「これか?」と思ったのが、当時は寒くなると火で温めた石を布に包んで懐炉にし

ていたようで、玉川の河原の手ごろな丸い石は格好の懐炉用だったのかも…ただし検証はせず:大鎌

 

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