社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

                                   

                      

東海道を歩いたゾウの話

No.67

 キリンが日本に初めて渡来したのは明治40年ですが、冬に耐え切れず一年ばかりで死んだそうです。トラの毛皮は奈良時代には渡来していましたが、生きたトラは秀吉の朝鮮出兵時に献上されたのが初めてといいます。一方、ラクダの渡来は聖徳太子のころといいますからそうとう古いですね。シルクロードの東の果ての果ては日本だったのでしょうか?動物の移動の歴史は、その時々の世界における人の流動や文化の潮流を想像させます。

 さて子供だけでなく大人をも圧倒する地上最大の動物であるゾウは室町時代に初来日し、その後も何度か渡来していますが、江戸の享保13年(1728)に長崎に来たゾウは翌年春に江戸まで約1400kmを歩いたということです。その道中は見物人であふれ返り、京都では天皇にお目通りしています。その時「無位ではお目通りはできない」というので従四位が贈られ(これは十万石の大名並みとのこと)、おまけに天皇は歌まで詠んだといいます。

――絵にかける形ばかりに見なれしに間近にむかふ世にもめづらし (中御門天皇 御製)

天皇の歌に「絵にかける」とあるのは正倉院御物の琵琶にゾウの絵を描いたものがあり、それらも踏まえているのではないでしょうか。そうしたことからもゾウは日本で別格扱いされたわけです。ところで「象」は象形文字で、その積りでじ~っと見つめていると、たしかにゾウが後ろ足で立っているように見えてきます。 (『うたの動物記』小池光 朝日文庫)

 さて小池氏はこれに続けて、享保14年の春「東海道をのったりのったり象が一頭歩いていたかと思うと楽しい。桜が満開だ」と記していますが、当時の街道沿いに「桜が満開」というのはどうでしょう? 染井吉野ができたのは江戸中期以降といいますから、ゾウが歩いた時、はたして東海道沿いに染井吉野はすでに植樹されていたのでしょうか。それより、染井吉野という江戸後期に生まれたというハイブリッド品種が、その頃この世に生まれていたのかどうか。

あるいは、その時「満開」だったのが、もしも山桜だったとすれば開花時期が同じ桜でなければ一斉開花=「満開」とはなりません。小池氏は日本を代表する歌人の一人ですが、これに関する私の印象では「吉野の里じゃないんだから、街道筋で桜の満開というのは、さて、どうよ」というものです。もしかすると「江戸までの二か月かけた道中から見える山並みに満開時期の違う山桜が次から次へと咲き誇り、一頭のゾウを見守っていた」ということなのでしょうか…。ふ~む、ゾウと桜ですか、絵に残っていてもよさそうですね。

 

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