社長のひとりごと

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このコーナーは、わが社の社長「大鎌 博」が日々感じたことや、気づいたこと、為になる格言等、思いついたままに綴った、つぶやきコーナーです。

私達社員も、いつも読んで、新たに気づかされたこと、励まされたこと、勉強になって、仕事に活かせたり・・・、そんな社長の人となりを是非皆様に知っていただきたくて、このコーナーを作り、連載することにしました。

是非お部屋探しの合間にでも気楽に読んでいただければ幸いです。

No.8

「江戸前寿司の「江戸前」とは?」

弁天山美家古の内田正氏によれば、すしの千年の歴史のほとんどは保存食としてあったそうです。私は食べられそうにありませんが、鮒ずしとかの<熟れずし>ですか。そして、その歴史の終わりの方に大阪風押しずしがあり、江戸でもその押しずしが全盛だったとか。

それが文政7年(1824年)、つまり19世紀に入ってから江戸の両国・回向院門前に最初の握り寿司店「與兵衛寿司」が誕生して以来、押しずし店がことごとく握り寿司店に転向したということです。時間のかかる押しずしより、ファストフードである握りの方が、気の短い江戸っ子気質に、ぴったりと合ったのだろうといいます。どうやら現代にいたるまでの私たちの東京が、いとも容易にアメリカナイズされていくベースは、元々あったということですかね。他の様々な形態の寿司に対して、この「握ったすし」を「江戸前寿司」と言ったというのです。

本来「江戸前」とは寿司のための言葉ではなく、鰻屋さんからの借り物で、江戸ならではの技術を「江戸前」と言っていたのが、元々の言葉だということです。

さて、この「江戸前」ですが、よく聞くのは「江戸城の前の海と訳して、江戸湾だけでとれた魚を握ったからだ」とする説、これを「産地説」として、一方で「江戸前という言葉は江戸時代から始められた<握る>という様式によるものだ」とする説、これを「時代説」とすると、内田氏は「時代説」であろうといいます。(『これが江戸前寿司』内田正 ちくま文庫)

食する側とすれば「時代説」であろうと「産地説」であろうと、美味しければ良しとするところですが、自然豊かな東京湾の魚が寿司ネタだというのもイメージ的に説得力がありますしね。といって私たち日本人が大好きな鮪の握りはどうなんでしょう、近畿大のノウハウで東京湾をクロマグロの巨大な生簀に、というのはどうでしょうね。そのうちに、いわゆる「江戸前マグロ」なんてぇのが出てくるかもしれません。我々としては、やっぱり「時代説」ですかね、等と想いを馳せながら回転寿司で皿を選ぶというのも、流れるベルトに、いや、時流に乗っかって、なかなかオツなものではないでしょうか。

 

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